« 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 4,陰謀論の否定 | トップページ | 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 6,大量の遺留品の謎  »

2012年2月27日 (月)

未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 5,犯行日時の謎

5,犯行日時の謎

 

 

 

a)何故この犯行日時なのか?

 

 

 

私はこの文章をしたためる前に、数多くの「世田谷」事件関連の推理サイトを訪れました。しかし事件の起きた20001230日(土)~31日(日)という日付に注目していたケースは少なかったと感じます。特に曜日に関しては……。

 

多い意見は、何かの期限だろうと……。多くの会社、特に金融機関は休みに入っていますので、年明けの支払いに困窮した犯人が切羽詰まって犯行に及んだのだろうと……。

 

 

 

私は、この日時が重要だと考えたのです。前回までに犯人は怨恨を持つ主犯格と金銭目的の実行犯に分かれると推理をしたのですが、主犯格には決定的なアリバイがあり早期に容疑者から外れたのでしょう。

 

 

 

これこそが、前回取り上げました犯人が捕まらない最大の要因なのです。もちろん主犯格の家族や、ごく親しい人物も調べたのでしょうが、そこからは実行犯の指紋・DNA情報には行き当たらなかった。

 

 

 

主犯格はどうやって実行犯をスカウトしたのかは後に述べるとして、決定的なアリバイがこの犯行日時と直接的に結びつくのです。

 

完璧なアリバイとは何でしょう? ‘被疑者がその場に存在していなかったこと’を簡単に見せつける方法があります。

 

 

 

それは海外への渡航です。

 

 

 

パスポートを見せれば犯行日時に日本に居なかったことが簡単に証明できるのです。

 

不在の証明の確固たる証拠を示されれば、警察もこれ以上は主犯格の周囲の捜査は大ぴらに行えない。実行犯との細い繋がりの糸を見つけ出すことも難しくなる。

 

しかし、です。「犯行当時海外にいました!」と証言しても滅多に海外など行かない人物が犯行の期間だけ海外旅行していたら、かえって怪しまれてしまいます。

 

 

 

しかし、年末年始の時期ならばどうでしょうか? たとえ初めての海外旅行であっても怪しまれることなど無い……。

 

これがこの日時が犯行を実行するのに選ばれた理由なのだと推理しました。

 

 

 

b)日時の補完

 

 

 

更に曜日にも注目しました。1230日は土曜日。翌日の31日は日曜日です。金融機関の窓口は休みですし、ATM2000年当時は休止していたと記憶しています。

 

そして正月三が日、金融機関は当然開いていません。

 

 

 

主犯格は実行犯を信用していないのです。宮沢さん宅の現場には金融機関の通帳や印鑑。キャッシュカードなどが残されていました。

 

宮沢さん宅から現金を盗み出している実行犯ですから、当然これにも手を付けようと考えた筈です。

 

 

 

窃盗犯・強盗犯が銀行から金を引き出そうとして、窓口やATMの監視カメラに写りそれが犯人逮捕に繋がる。これを主犯格はもっとも恐れたと思います。実行犯が特定されれば自分まで遠からず捜査が及んでくるのです。

 

 

 

ここで、新たなアイテムの登場です。難しい図形方程式を解く場合……補助線を引くと容易に回答に導くことが出来る。

 

私は主犯格と実行犯は頻繁に連絡を取り合ったと思います。実行犯が事件現場に持ち込んだであろうアイテムは“携帯電話”です。これが補助線なのです。

 

 

 

この事件において“携帯電話”は重要なアイテムとして後々も登場してきます。2000年当時は私も携帯電話を所有していましたし、多くの若者が持っていても何ら不思議では無い……むしろ必需品になりつつあった。

 

 

 

事件現場に持ち込むのも容易ですし、いやむしろ絶対に持ち込んでいたと断言しても良い。主犯格は“携帯電話”で実行犯に指示します。犯人が怨恨目的と金銭目的の分裂症的に行動目的が乖離しているのもこれで頷ける筈です。

 

 

 

この時、主犯格が厳命したのは現金以外の貴重品の持ち出しの禁止でしょう。通帳と印鑑があっても窓口は翌年の14日まで開いていません。これを実行犯に話して聞かせ、思いとどまらせたのでしょう。同時にキャッシュカード・クレジットカードや貴金属・宝石類の持ち出しの危険性も説いたと思います。現金に換えようとすると必ず足が付く。これも厳禁にしたのだと思います。

 

 

 

これらから、犯行日時が年末の押し迫った時に選ばれた理由だと推理したのです。偶然ではありません。たとえ犯行日時が宮沢さんの家族の誰かの誕生日であったとしても私は偶然で片付けます。366日分の4の確率です。ちなみに2000年はうるう年でした。1%少々ですが偶然だと断言します。しかし犯行日時が年末なのは必然だったのです。

 

« 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 4,陰謀論の否定 | トップページ | 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 6,大量の遺留品の謎  »

世田谷一家殺害事件」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 5,犯行日時の謎:

« 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 4,陰謀論の否定 | トップページ | 未解決事件「世田谷一家四人殺害事件」の推理 6,大量の遺留品の謎  »

最近のトラックバック

2020年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ